2008年 10月 26日
GLEN GRANT |
実家に泊まった夜。グレングラントを飲みながら父と歓談。
肴には2時間サスペンス。
グレングラントはイタリアに輸入される事が多いらしいシングルモルト。
5年とか8年物がよく流通していて、若いモルトはイタリア人に好まれるらしい。若い所為もあって、日本でも比較的安価で入手できる。2,3年前は1980円とかで手に入ったんだけど、最近あんまり見かけなくなったと思ったら、久々に信濃屋で見かけて思わず購入したが、2400円くらいまで値上がっていた。
これには年代の記載がないけど、確かこのラベルの色と、琥珀の色味からいって5年じゃないかと…。
昔は私も21年とかの柔らかな風味のモルトに目がなかったのだけど、色々味わうようになり、年齢と共に若いモルトを好むようになってきた。若いなァとちょっと厭きれを含みながら呟いちゃうような、とでもいうか、そんなまだ角が幾つも残るような刺激あるモルトに面白みを覚えるようになってきた。
いつも思うけど、モルトは人間のようで。
歳を取るごとにツンケンしてくる困った御老人も多くあるのだが…、大概人は酸いと甘いを味わう内に深みと許容量を増してゆくものだ。
モルトも熟成が長ければ長いほど、円やかに飲みやすくなっていく。刺激がそがれて行くというとちょっと悪い印象になるかな。
歳を重ねるにつけ、若い人の無茶や言葉に青さとか物を知らないなぁとか思うようになることもあるけれど、そういう人に限って子供時代に強い郷愁の念を持っているものじゃないかな。私はよく若さは馬鹿さだと言うことがあるのだけど、その馬鹿を出来なくなってきたという苦い思いがあるからこそ出てしまうのかもしれない。
それは勿論、社会に出て現実をひしひしと感じてだからこそ牙を抜かれた獣等しく杭を出さないようにという知恵なのかもしれないけど、やっぱり牙は研いでおきたいと、多分周囲の人間は牙を抜かれた等と思っていないであろう私は、それでも思うのである。
まぁ、そんな自分も職場では両親より年配の人々に囲まれており、その方々からすれば若さは馬鹿さを地で行っているのだろう。
by disegno
| 2008-10-26 22:14
| かたらう-モルトと私-